死ぬまでに何を残すか 〜社会起業にチャレンジする理由〜

こんばんは、夏野葉月です。
小笠原諸島への小旅行から戻りました。
そして3月28日から6月末まで小笠原に滞在することが決まりました。
小笠原での3ヶ月近い長期滞在は私も久しぶりのことで、とてもわくわくしています。
そして、鎌倉でできることをするために忙しく過ごしております。

旅立ちの準備の前に、いくつかやりたいことがあります。
一つは小説の新人賞への応募です。
いままで小説は書いても賞へ応募したことはなかったのですが、今年初めて応募します。
それから岩波書店の雑誌「世界」のドキュメンタリーフォトのページへの公募など、幾つかのやりたいことがあります。
そのうちの一つに「社会起業の準備」があります。

いまどうしても実現してみたい社会起業のアイデアがあって、その準備をしています。
まだアイデア段階で、書いた企画書をいろんな方に見ていただいてアドバイスをいただいています。
起業のサポートを事業にしている企業の代表の方や鎌倉市役所の方に資料を見ていただきつつ、どうしたら実現できるか模索中です。

私は写真家やライターなどクリエイティブに関わる仕事をしてきても、あくまで個人のクリエイターとして活動をしてきました。
もう少し正確に言うならば、個人としてなにかを作ることができれば幸せでした。
ですが、2018年12月27日に倒れて「生まれ変わり」を経験してから、はっきりと「私は長生きしない」と自覚しました。

自分の寿命を決めつけるなと言われるかもしれませんが、私は心の病の闘病のために身体に非常に負荷のかかる薬を飲んできました。
私の飲んできた薬の中には妊娠した場合には胎児が奇形児になる薬などもあり「これだけ強い薬を飲んでいたら母体である私の身体も非常に負荷がかかっているだろう」といつも思っていました。
去年倒れてからはっきりと、自分の死について実感するようになりました。

死ぬことを意識してから考えるようになったのが「私は何を残して死にたいか?」でした。
私と私の家族である夫との間には子どもはいません。
私は今年で43歳ですから、実子は難しいと思います。
私はこれまで写真も含めて「作品が自分の子ども」だと思って制作してきましたが、そのことに疑問を感じるようになりました。

写真は万能ではありません。
作品を作ることは私の幸福に寄与しても、社会全体を変えるためには非常に無力です。
そこまで大きい作品は私の写真では作れない。
作品を通じて社会全体を幸せにしたい。
戦争や貧困や虐待や自殺をなくしたい。
だけど、写真や自分の作品の力だけではそれはできない。
このことはどうしてもジレンマでした。

人間が幸せになるためにはいろんなものが必要です。
なにかを創ることも幸せにはとても大切な要素です。
でも、創ることだけでは人は幸せになれない。
人とのつながりや、自由や、社会に参加することや、いろんな要素が幸せに生きるためには必要です。

私が生きてきて幸せだと感じてきたことは2つあります。
1つは「作品を創ること」。
もう1つは「人と関わり、つながりを感じること」です。
人間はいろんな困難が降りかかり、時に挫折しそうになります。
でも創ることと、人との支えあえる関係があればなんとか生きてこれると感じてきました。

もちろん、私の写真や小説で創る喜びやつながりを感じてもらえたらすごく嬉しいです。
その一方で、デジカメによって70億人が写真家になれる未来が実現しようとしているように、誰もが「創ること」「つながること」で幸せを感じることができるシステムを構築したい。
私の作品で幸せを感じてもらうだけではなくて、誰もが創ること・つながることを通じてみんなで幸せになれるシステムを構築したいんです。
その方法をいろいろ考えた結果「社会起業にチャレンジしよう!」という結論にたどり着きました。

クリエイターや写真家の方がいろんな兼業をされたり、経営者になったりするケースを見たことはあっても、クリエイターでかつ社会起業家って私はあまり知らないので、自分が今後どうなるのかよくわかっていません。
自分の作品を作る時間は少なくなるよな〜と朧げに覚悟してます。
でも、自分が死んだ後もみんなが幸せになる仕組みをみんなで創りたいって思っています。
そんなことを目指して、明日鎌倉で開催されるカマコンで事業アイデアをプレゼンします。

明日のプレゼンする資料は、カマコンに参加されない方にも見ていただけるように何らかの形で公開しようと思っています。
起業家の方やクリエイターの方、主婦や個人事業主やいろんな方にご意見をいたただきたいとも思っています。
とりあえず、明日のカマコンで楽しくプレゼンできるように頑張ります!
明日カマコンに参加される皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

ABOUTこの記事をかいた人

1976年生まれ。写真家&文筆家。解離性同一性障害で合計4人の人格で暮らす。 幼少期に虐待を経験後、中学生で不登校に。20歳通信制高校へ進学+22歳法政大学へ入学。25歳で躁うつ病を発病後、フリーランスカメラマンに。2010年キヤノン写真新世紀佳作受賞。2013年小笠原諸島移住中にスイスで写真展を開催。2016年鎌倉に移住。